
THE ART WORK

STATEMENT
作品について
WATCH CASE YUGEN 10-001
10本用時計ケース
一見すると、それは時計を収めるための箱である。しかし光がその表面を通過した瞬間、箱という明確な輪郭の中から、別の何かが立ち上がってくる。銀の表層を横切る無数の隆起。大きく弧を描く流れ。その間に沈み込む深い陰影。そして銀の奥から、ごく僅かに現れる紫や琥珀の色彩。それらは固定された文様ではない。見る位置が変われば光が変わり、光が変われば形も変わる。
静止している物質でありながら、静止して見えない。
そこに、UNDULATIONの思想がある。UNDULATIONとは、単なる「波」の造形ではない。存在するものは完全な静止の中にはなく、光も、時間も、人間の知覚も絶えず揺らぎ続けている。その目には見えない変化を、物質の表面へと引き出そうとする試みである。その思想から生まれたものが、YUGENである。日本語の「幽玄」が意味するものは、すべてを明確に見せることではない。むしろ、見えているものの向こう側に、まだ見えていない何かの存在を感じること。
説明し尽くすことのできない深さ。
光の中に残る暗さ。
形の向こう側にある気配。
Michel & Carigoは、その感覚を絵画や彫刻だけに留めず、私たちが触れ、使い、生活を共にするものへと移し替えようとしている。そのひとつの回答が、この時計ケースである。十本の時計を収めるという明確な機能を持ちながら、蓋を閉じた瞬間、それはひとつのオブジェクトになる。けれどMichel & Carigoが求めているのは、アートのために機能を犠牲にすることではない。
機能とアートのどちらかを選ぶのではなく、その境界そのものを消していくこと。
使うことと見ること。所有することと鑑賞すること。プロダクトと作品。
これまで別々の領域として考えられてきたものを、一つの存在の中で成立させる。そこにMichel & Carigoの思想がある。そして時計は、この思想と特別な関係を持っている。時計は時間を表示する。しかし、時間そのものを見ることはできない。私たちが見ているのは、針の移動や数字の変化によって可視化された、時間の痕跡である。
一方、YUGENの表面もまた、見えないものを直接描こうとはしない。光を受け、反射し、陰影をつくり、見る者の移動によって姿を変えることで、その背後にある「揺らぎ」を感じさせる。
見えない時間を示す時計。
見えない揺らぎを映し出すYUGEN。
だからこそ、両者は自然に結びつく。十本の時計には、それぞれ異なる時間が宿っている。手に入れた日。身につけていた場所。誰かと過ごした時間。それら十の時間を、一つの箱の内部に収める。そしてその外側では、銀の表面が周囲の光を受けながら、一瞬ごとに異なる像を生み続けている。
YUGENの造形もまた、完全に同一のものを反復することを前提としていない。だからこれは、「同じ商品をつくる」という工業製品の思想とは異なる。
Michel & Carigoが目指すのは、プロダクトでありながら、一点の個体として存在するものである。
生活の中で使われる。
触れられる。
開かれる。
閉じられる。
その傍らで、ひとつの作品として存在し続ける。アートを日常へ持ち込むのではない。日常そのものの中に、最初からアートが存在している状態をつくる。それがMichel & Carigoの考える、新しいファニチャーの在り方である。
YUGEN WATCH CASE — 10
十の時計を収める箱。十の時間を抱く器。
そしてその外殻では、光と物質が、静かに揺れ続けている。
DETAILS







