KUWAI HANA

Between Emotion and the Laws of Nature

横浜中華街、今はなき「安楽園」の記憶

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約3分

安楽園

2010年8月18日撮影。

かつて横浜中華街の中華街大通り、萬珍樓の斜向かいに、「安楽園」という中華料理店があった。白壁に緑色の瓦、赤い欄干。「安楽園」と大きく掲げられた建物は、周囲の店とは明らかに異なる存在感を放っていた。古びてはいたものの、それは単に年月を重ねたというだけではない。長い歴史を静かにまとった、実に堂々とした佇まいだった。

以前から何度も店の前を通り、そのたびに入ってみたいと思っていた。しかし、外には料理の見本やメニューらしいものがほとんどなく、入口から店内の様子をうかがうこともできない。もしかすると、ずいぶん格式の高い店なのではないか。とても高価な料理が出てくるのではないか。そんなことを考えてしまい、興味はありながらも、なかなか入口の扉を開けられずにいた。

思い切って開けた扉

この日は一念発起し、とうとう安楽園に入ってみることにした。重厚な木製の扉を開けて中へ足を踏み入れると、そこには外観から想像していた以上に趣のある空間が広がっていた。

木枠にはめ込まれた模様入りのすりガラス、光を受けて緑色に見えるガラス、黒光りする階段や手すり。壁際には、どこか懐かしい形をした椅子が並んでいる。ソファには緑や白のカバーが掛けられ、古い建物でありながら、店内の隅々まできれいに手入れされていた。

いま振り返れば、「昭和レトロ」という言葉がぴったりなのだろう。ただ、あとから古い雰囲気を再現した店とは違う。建物も、ガラスも、調度品も、その場所で長い年月を過ごしてきたものばかりだ。店内に流れる空気そのものに、積み重ねられた時間が染み込んでいるようだった。

飾り気のない、王道の中華料理

料理は、奇をてらわない王道の中華料理だった。エビのチリソースや肉団子など、どれも私たちがよく知る親しみやすい味である。中国から日本へ伝わり、日本人の口に合うよう育ってきた中華料理。そのひとつの典型といえるような、どこか懐かしく、安心できる味だったと記憶している。

どの料理もおいしかったが、なかでも強く印象に残っているのがチャーハンだ。見た目は実に素朴で、決して華美ではない。それなのに、ひと口食べるとしみじみとうまく、自然と次のひと口へ手が伸びる。いまでも安楽園のことを思い出すと、まずあのチャーハンの味がよみがえってくる。

最初で最後の訪問

この日は料理だけでなく、店内の佇まいも存分に楽しんだ。けれど、私が安楽園を訪れたのは、結局この一度きりとなってしまった。そのときはまだ知る由もなかったが、店はその後まもなく姿を消し、建物も取り壊された。現在の中華街大通りを歩いても、もうあの建物を見ることはできない。

華やかな看板が連なる横浜中華街にあって、安楽園は派手に客を呼び込む店ではなかった。それでも、あのどっしりと構えた建物と静かな存在感は、中華街大通りになくてはならない風景のひとつだったように思う。もし、もう一度あの扉を開けることができたなら。模様入りのすりガラスを眺めながら、あのチャーハンをもう一度食べてみたい。古い写真を見返していると、そんな気持ちが静かに込み上げてくる。

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