
横浜クルージングクラブ~本牧海釣り公園にて
2010.08.18 撮影
横浜中区へ引っ越してきて、まだ一年も経っていなかった頃。当時は山下公園から、かつてBUND HOTELのあった新山下の通りを抜け、さらに港の方へ向かって歩くことがよくあった。新しい土地に暮らし始めたばかりだったからなのだろう。目に入るもののほとんどが新鮮で、自宅から半径二、三キロほどの場所を、時間さえあれば随分と歩き回っていた。
子供の頃から、横浜という街にはどこか特別な憧れがあった。だから、その街の日常の中を自分の足で歩いていること自体が、当時の僕には少し不思議なことでもあった。
2010年8月18日。この日、何気なく歩いていて辿り着いたのが、横浜クルージングクラブのある一角だった。どこまで入ってよい場所だったのか、今となっては定かではない。ただ、少し足を踏み入れると、そこには僕が思い描いていた「横浜の港」とはまた違う風景が広がっていた。
整然と並ぶヨット。
無数に空へ伸びるマスト。
潮水に浮かぶ古いタイヤ。
錆びた鉄。
風雨に晒された木材。
少し色褪せた建物。
華やかな観光地としての横浜ではなく、海と船と人間の時間が長い年月をかけて染み込んだ、港の裏側のような場所だった。中でも、青く褪せた古い扉が立てかけられていた光景は、今でもよく覚えている。
錆びた柵と有刺鉄線、その向こうに立つ一枚の扉。背景には、夏の強い青空が広がっている。何のためにそこに置かれていたのかは分からない。ただ、その佇まいが妙に美しく見えた。この日は、とにかく暑かった。初代のCanon EOS 5Dを携えて、汗をかきながら港の中を歩いたことを覚えている。
それから十数年が過ぎ、こうして写真を見返してみると、写っているのは船や建物だけではないように思える。横浜へ移り住んだばかりの頃の、自分の視線そのものがそこに残っている。
知らない路地へ入ってみること。
知らない港へ歩いていくこと。
錆びた鉄や朽ちた木に足を止めること。
当時は、それを特別なことだとは考えていなかった。ただ歩き、気になったものにカメラを向けていた。けれど今になってみれば、あの頃に見ていた横浜は、僕にとって一度しか存在しなかった横浜だったのだと思う。
街が変わったというだけではない。
そこを見ていた自分自身が、もう同じではないからだ。
2010年8月18日。真夏の横浜。
写真の中には、あの日の暑さと潮の匂い。そして横浜という街をまだ新しい目で眺めていた僕自身が、今もそのまま残っている。













