
THE ART WORK

STATEMENT
作品について
虚無へ捧げる為の供物
自画像
Self-portraiter
一本の杉の角材から、この作品は始まった。表面に火を入れ、焼き締め、刻み、削り、変形させていく。まっすぐだった杉は、内部に刻まれていた年輪を露わにしながら形を変え、やがて、その身体の中心に金属を抱く姿となった。木は、かつて生きていたもの。金属は、一度も生きたことのないもの。異なる時間をもつ二つの物質を、一つの身体の中で結び合わせた。そして最後に、杉の表面へ本物の銀を含む塗料を施した。
その銀の表情を、私は完全には制御しなかった。硬く締まった節では銀が強く光を返し、柔らかな部分では木が塗料を吸い込み、艶を沈める。同じ一本の木でありながら、ある場所は激しく輝き、ある場所は鈍く沈み、またある場所は静かに曇る。
その違いをつくったのは、私ではない。杉が生きてきた時間である。一本の木の内部には、それまで外からは見えなかった時間が蓄積されている。傷も、硬さも、柔らかさも、節も、年輪も、すべてが生きた痕跡である。銀を纏わせることによって、その見えなかった時間が表面へ現れてくる。私はそこに、自分自身を見る。
高校二年の夏、中井英夫の『虚無への供物』を読んだ。その一冊との出会いによって、「虚無」という言葉は私の中に深く残った。人間がどれほど懸命に何かを築き、積み重ね、守ってきたとしても、それらはある瞬間に失われてしまうことがある。時間も、記憶も、愛情も、身体も、仕事も、存在そのものも、永遠ではない。十七歳だった私は、そのことを論理として理解していたわけではない。しかし、「虚無」という感覚だけは、その後の人生から消えることがなかった。恐れていたのではない。逃げようとしていたのでもない。ただ、いつもどこかにあった。
長い時間、私は虚無を自分の外側に存在する何かとして考えていたのかもしれない。人間が築いたものを、いつか奪い去るもの。形あるものを崩し、積み重ねた時間を無へ帰してしまうもの。しかし六十年以上を生き、UNDULATIONの制作を通して改めて虚無と向き合ううちに、その認識は大きく変わった。虚無は外から訪れるものではなかった。虚無は、最初から存在の中に含まれていた。そして、さらにその先で気づいた。
私が四十年以上見つめ続けてきた虚無は、私自身の中にもあった。
この気づきから、
《虚無へ捧げるための供物 ― 純心》
《虚無へ捧げるための供物 ― 恭順》
《虚無へ捧げるための供物 ― 贖い》
という三つの作品が生まれた。
《純心》は、まだ虚無の正体を知らなかった自分。
《恭順》は、抗うことのできないものを受け入れながら生きてきた自分。
《贖い》は、長い人生の末に、自分自身の内部にある虚無までを見つめようとする自分。
それらは異なる三人ではない。すべて私である。異なるのは、時間だけである。
STATEMENT
自我像
そして、この《自我像》は、その三つの時間のさらに中心にある。これは《純心》《恭順》《贖い》に続く第四の段階ではない。三つの私をすべて内部に抱え込んだ、一人の人間そのものの像である。私がこの作品を「自我像」と名づけたのは、顔貌を再現した自画像をつくりたかったからではない。ここにあるのは、外見としての私ではない。一本の木のように時間を積み重ね、傷つき、硬くなり、柔らかな部分を残し、ときには光を返し、ときには光を吸い込みながら生きてきた、私という存在の構造である。
だからこれは、肖像ではない。むしろ、存在構造としての自画像である。中央に埋め込まれた金属は、その身体を貫く芯のように存在している。杉と金属。有機と無機。生きたものと、生きたことのないもの。柔らかなものと、硬いもの。変化していくものと、容易には変化しないもの。相反するものを同時に内部へ抱えているその構造もまた、私自身に近い。人間も一つの性質だけではできていない。純粋さもあれば、諦念もある。従う自分もいれば、抗う自分もいる。愛する自分もいれば、壊そうとする自分もいる。希望と虚無は、必ずしも別々の場所にあるのではない。同じ一人の人間の中に存在している。
そう考えたとき、「虚無へ捧げるための供物」という言葉の意味も変わった。かつて私は、虚無という巨大な何かへ、作品を供物として差し出しているつもりだったのかもしれない。しかし今は違う。虚無が自分自身の内部にも存在するのであれば、最後に差し出すべきものは、作品だけではない。自分自身である。
虚無へ差し出される供物が私であり、その供物を差し出している者も私であり、そして、その虚無さえも私の内部に存在している。そこでは、捧げる者と、捧げられるものと、捧げられる先との境界が曖昧になっていく。それが、現在の私が辿り着いた「虚無」である。
高校二年の夏から、およそ四十五年。私は一つの言葉を抱えたまま生きてきた。そして長い時間を経て、その言葉の向こう側に最後に現れたものは、虚無そのものではなかった。自分自身だった。だから私は、この作品を、《虚無へ捧げるための供物 ― 自我像》と呼ぶ。
これは、虚無を説明するための作品ではない。虚無を克服するための作品でもない。四十五年という時間を経て、虚無を見つめ続けた一人の人間が、最後に自分自身へと辿り着いた、私自身の像である。
◯ 高さ : 735mm
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